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小さな爪(2011/11/07)

 腕の中に子供がいる。
 まだ一人で歩くにはおぼつかない幼児だ。
 子供は眠っている。自分に全てを預けてくれている。
 自分の子ではない。仕える主人と、仕事を依頼している狙撃手との間の子。所謂不義の子だ。
「可愛いなぁ」
 口元が綻ぶのを止められないまま、イリヤは中庭に出た。
 外は快晴。陽気も温かく、日を浴びるには丁度良い。
 他人の子供であることはイリヤにとって割とどうでも良かった。奥様の子供であるなら、嫌う理由がない。それだけだ。
 白い肌で黒髪の子供は、余り泣くこともなく自己主張しない代わりに、何も求めてこない。
 扱いやすいというか、何を考えているか解らないというか。
「イリヤ様」
 呼ぶ声があった。
「静かに。起きちゃうだろ」
「あ。済みません」
 やってきたのは部下の一人だ。
 黒狼の頭領である奥様に拾われて、気が付けば彼女の側近となり、鬱陶しいほどの部下を持っている。身体を売って生きてきた自分が立つ場所ではないような気がしながらも、悪い気はしていない。不特定多数に悦ばれるよりも、特定の個人に必要とされることの方が嬉しかったのだと思う。だからあの時、今となっては常套句となった、
「あらやだ可愛い」
 という一言につられ、付いてきた。
「それで。何かあった?」
 子供を起こさないように声を抑え、部下に問う。
「昨日の少年組の抗争で」
「ああ。あれ。珍しくうちがボロ負けしたんだってね。何人か死んだの?」
「二人。後は今のところ生きてるんですが、何日保つかという奴も居まして」
「それ、誰」
 名前を聞き、イリヤは瞼を伏せた。
 まだ十五にもならない子供だ。そう言う世界と解っていても、認識した瞬間に降りる影は止められない。
「死ぬにはまだ早かったのに。でも、仕方ないよね」
「……」
「この世界で生きてるんだもの。死に場所選びたかったら、強くなるか、このドブみたいな場所から這い上がらなくちゃ」
「そうっすね」
「もう行っていいよ。あとで花くらいは供えに行くよ」
「イリヤ様がわざわざ足を運ばなくても」
「俺がやりたいだけだから。ガキ同士の喧嘩じゃなかったら、俺が首突っ込めるんだけどな。あ、そうだ。リーダーは生きてるんだろ?」
「ええ。奴は割と元気でしたが」
「じゃあ伝えてよ。相手の首取ってこなかったら、おまえの首を皿に載せてやる、って」
「ひ……。か、かしこまりました」
 自分がそう命じられたワケでもないのに、部下は顔を白くして立ち去った。
 ――そんなに怖い顔してたかな、俺。
 首を傾げながら、再び子供に目線を落とした。会話の間も目を覚まさずに眠っていたようだ。少しだけ不愉快そうな顔をして目を閉じているのも変わっていない。
「将来は美人になりそうだ」
 彼の十数年先を勝手に想像し微笑む間に、昨日死んだという二人の少年の顔がちらついた。
 特に目をかけていたわけではない。黒狼にいる大抵の名前と顔を覚えているだけだ。
 今日も誰か死に、誰か生まれている。
 減るのが早いか増えるのが早いかは解らない。
 そしてこの手は、時に人を殺し、こうして命を抱くこともある。
「君の手は、これから何を掴むのかな。この手は、どれだけ汚れていくのかな」
 穢すための術を教えてるのは、きっと自分なのだろうと思っている。
 下手をすれば、成長したこの手に屠られることも考え得る。
 他に何か教えたくても、教えられることが何も無い。
 身体で稼ぐ方法を教えたら、奥様に怒られる。
「ごめんね、出来が悪くてさ」
 だから。
 教えられることは教えてあげよう。
 まだ小さい指に、爪に触れながら思う。
 幸せからはほど遠いかも知れない。
 それでも、生きていける術を全て。
 この手に。

「ね。……ユキ」 


 「D.G.」よりお題 「小さな爪」(タカツキ)

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